この記事は、葛藤をそのままに見つめる「Observe(不確実性を観測する)」のフェーズに位置します。
経営の最前線に立つCFOにとって、最も恐ろしいのは「数字が読めなくなること」ではありません。「自分自身の判断が、組織の熱狂や個人の情熱によって、静かに、しかし確実に歪められていくこと」です。
投資の可否、撤退の決断、あるいは人員配置の変更。目の前の相手が心血を注いできたプロジェクトに対し、冷徹な一線を引かなければならない時、私たちの内側には形容しがたい「揺れ」が生じます。その揺れを無視して「正論」を振りかざす時、組織との溝は深まり、逆に揺れに飲み込まれれば、財務的な規律は崩壊します。
今、あなたが感じているその居心地の悪さは、どこから来ているのでしょうか。まずはその不確実性の正体を、ありのままに観測することから始めましょう。
正気を失わせる「引力」の正体
私たちは、自分が論理的に判断していると信じたい生き物です。しかし、実際には周囲の期待、過去の成功体験、そして何よりも「ここでNOと言えば、この場が壊れてしまう」という対人心理的な力学に強く支配されています。
特にCFOという職責において、正気と狂気の境界線が曖昧になる瞬間には、共通のパターンが存在します。以下のマトリクスを用いて、現在のあなたの判断がどのような引力に晒されているかを確認してください。
判断の健全性観測マトリクス
| 観測軸 | 健全な「正気」の状態 | 歪みが生じている状態 |
| 時間軸の捉え方 | 長期的な資本効率を優先している | 直近の人間関係や摩擦回避を優先している |
| 情報の透明性 | ネガティブな数値も直視できている | 「期待値」という言葉でリスクを覆い隠している |
| 感情の所在 | 相手の痛みを感じつつ、役割を遂行する | 相手の痛みを肩代わりし、判断を先送る |
| 自己の感覚 | 孤独を受け入れ、静かである | 焦燥感があり、誰かに同意を求めたくなる |
境界線上の自己診断チェックリスト
現在の意思決定において、あなたがどの程度「正気(規律ある判断)」を保てているかを客観的に評価してください。
⚫︎ 感情と事実の分離:以下の項目を区別できていますか?
対象となる事象(プロジェクト・人物):
□ 定量的事実(キャッシュフロー・進捗率): 観測できている / 感情が混じっている
□ 定性的心理(相手の熱意・自身の罪悪感): 自覚している / 翻弄されている
⚫︎ 外部からのサンクコスト:過去の投資が判断を鈍らせていませんか?
累計投入リソース(時間・資金):
□ 撤退基準の有無: 明確である / 曖昧である
□ 「もったいない」という言葉の頻度: ほとんどない / 頻出する
⚫︎ 役割の解像度:CFOとしての「NO」が持つ価値を信じていますか?
□ 嫌われる勇気: 持てている / 抵抗がある
□ 組織の長期利益への貢献実感: 感じている / 破壊している感覚が強い
⚫︎ 判断の再現性:同じ状況で他人が判断しても同じ結論になりますか?
□ 属人的な事情の介在: 最小限である / 多大である
□ 言語化の容易さ: 構造的に説明できる / 感覚的で説明が難しい
揺れを構造に変えるための準備
不確実性を観測した先には、必ず「規律」が必要です。今の揺れを放置せず、どのような物差しがあれば自分は正気に戻れるのか。そのための「Define(判断に規律を宿す)」への入り口として、以下の問いを自分に投げかけてみてください。
「もし、この決断を1年後の自分が振り返った時、誇りを持って『あの時、私は正気だった』と言える基準は何だろうか?」
数字は嘘をつきませんが、数字を扱う人間の心は、環境によって容易に変質します。その変質を「悪いこと」と切り捨てるのではなく、人間ゆえの機能として受け入れた上で、仕組みによって補完する。それが、知性を構造に託す第一歩となります。
次は、この曖昧な感覚を、具体的な数値や条件へと落とし込み、揺るぎない「判断の物差し」を定義するプロセスへと進みます。
決断の揺れは、あなたが組織の現実に誠実である証です。