一昨日、あなたが定義したもの
水曜日、あなたは3つの判断境界線を定義しました。「投資・静観・撤退」の基準を数値と条件で明文化し、社長と握り、経営会議で共有する準備を整えました。
しかし、ここで一つの疑問が浮かびます。あなたが定義した境界線は、あなたがいなくても機能するでしょうか。あなたが不在のとき、あるいは疲弊しているとき、組織は正しく判断できるでしょうか。
今日、あなたがすべきことは、その規律を「あなたの知性」から「組織の構造」へと移し替えることです。
なぜ軍師は、深夜2時にエクセルと格闘するのか
あなたは知っています。深夜2時、自宅のデスクで、エクセルのシートを開き直す感覚を。
「この数値なら、投資すべきか」 「いや、この前提条件が変われば、答えが変わる」 「もう一度、シミュレーションを回そう」
あなたの頭の中には、膨大な変数が渦巻いています。市場の動向、社長の期待、営業部長の焦り、生産部長の懸念、そして自分自身の判断ミスへの恐れ。それらすべてを抱えながら、あなたは「正しい答え」を導こうとします。
これを、私たちは「軍師 vs 計算機」の構図と呼びます。あなたは軍師として、すべての変数を頭の中で処理し、最適解を導こうとする。しかし、計算機(組織)は、あなたの頭の中を覗くことができません。結果として、あなたの判断プロセスは「ブラックボックス」のまま、組織に共有されず、再現されません。
そして、ある日、あなたが倒れたとき、あるいは退職したとき、組織は途方に暮れます。「CFOがいないと、何も決められない」。この状態は、軍師の敗北です。なぜなら、真の軍師とは、自分がいなくても組織が機能する仕組みを残す者だからです(知性を構造に託す)。
「ヒーローとしての判断」から「構造としての判断」へ
あなたに問いたいのです。あなたは、組織のヒーローでいたいですか。それとも、組織に自律性を与える設計者でいたいですか。
ヒーローとしての判断とは、「CFOだからできる」「あの人にしかわからない」という属人的な判断です。それは、短期的には組織を救いますが、長期的には組織を脆弱にします。なぜなら、ヒーローに依存する組織は、ヒーローが去れば崩壊するからです。
一方、構造としての判断とは、「誰が座っても、同じ基準で、同じプロセスを経て、再現可能な答えが出る」仕組みです。これは、あなたの知性を「個人の頭の中」から「組織の手順書・テンプレート・ルール」へと変換することを意味します。
今日、あなたがすべきことは、深夜2時のエクセルで行っている判断プロセスを、昼間の会議室で誰もが実行できる「自動OS」に変えることです。
知性を構造に託す:5つのステップ
あなたの判断プロセスを組織の構造に変換するために、以下の5つのステップを実行してください。
ステップ1:判断プロセスを分解する(60分)
ステップ2:投資判断シートを作成する(90分)
ステップ3:撤退検討会議のテンプレートを設計する(60分)
ステップ4:権限委譲のルールを明文化する(45分)
ステップ5:例外処理のプロトコルを定義する(45分)
これらのステップを実行することで、あなたの知性は「あなた個人のもの」から「組織全体の資産」へと昇華します。
ステップ1:判断プロセスを分解する(60分)
まず、あなたが深夜2時に行っている判断プロセスを、要素に分解してください。
問い1:あなたが投資案件を検討するとき、頭の中で何を考えていますか?
思考プロセスの例:
- この案件の目的は何か(売上拡大、コスト削減、リスク回避)
- 必要な投資額はいくらか
- 投資のリターン(売上・利益)はいくら見込めるか
- 投資回収期間はどれくらいか
- リスクは何か(市場変動、人材不足、技術的課題)
- 既存の強みを活かせるか
- 社長・経営陣の優先順位と合致しているか
- 実行責任者は信頼できるか
- 失敗した場合の撤退コストはいくらか
- 今やらなければならない理由は何か
もし「自分が何を考えているか」を言語化するのが難しい場合は、以下の補助的な問いを使ってください。
補助的な問い:
- 過去1ヶ月で判断に迷った案件を3つ思い出してください
- それぞれの案件で、あなたが最も重視した要素は何でしたか?
- それぞれの案件で、あなたが最も懸念した要素は何でしたか?
- これらの要素を「質問」の形に変換してください
問い2:この思考プロセスを、誰でも実行できる「質問リスト」に変換してください
質問リストの例(投資判断用)
□ 案件の目的を一言で説明できますか(売上拡大 / コスト削減 / リスク回避)
□ 必要な投資額を具体的に算出しましたか(設備、人件費、運転資金を含む)
□ 投資のリターンを3つのシナリオで試算しましたか(楽観、標準、悲観)
□ 投資回収期間を計算しましたか
□ リスク要因を3つ以上挙げ、それぞれの対策を検討しましたか
□ この投資で活かせる既存の強みを3つ挙げられますか
□ 社長が掲げる経営方針のどの項目と合致しますか
□ 実行責任者の過去の実績を確認しましたか
□ 失敗した場合の撤退コストを試算しましたか
□ この投資を6ヶ月遅らせた場合のリスクを説明できますか
この質問リストが、あなたの思考プロセスの「見える化」です。これを組織に共有することで、営業部長も生産部長も、「CFOがどう考えているか」を理解できるようになります。
ステップ2:投資判断シートを作成する(90分)
次に、ステップ1で作成した質問リストを、実際に記入できる「投資判断シート」に変換します。
投資判断シートの構成:
【セクション1:案件の基本情報】
- 案件名:
- 提案部署:
- 提案日:
- 案件の目的(該当するものに○):売上拡大 / コスト削減 / リスク回避 / その他( )
【セクション2:投資の条件】
- 必要な投資額(総額): 万円
内訳:設備費 万円、人件費 万円、運転資金 万円 - 投資のリターン試算:
楽観シナリオ(売上 万円、利益 万円、実現確率 %)
標準シナリオ(売上 万円、利益 万円、実現確率 %)
悲観シナリオ(売上 万円、利益 万円、実現確率 %) - 投資回収期間:標準シナリオで 年 ヶ月
【セクション3:水曜日に定義した投資基準との照合】
以下の基準を満たしていますか(各項目に○ / × / △を記入)
□ 基準A:既存店売上が3ヶ月連続で目標の120%以上(○ / × / △)
□ 基準B:市場成長率が年5%以上(○ / × / △)
□ 基準C:投資回収期間が3年以内(○ / × / △)
※上記は記入例です。水曜日に定義したあなたの会社の基準を記入してください。
判断マトリクスによる結果:即座に投資 / 条件交渉後に投資検討 / 静観 / 投資見送り
【セクション4:リスク分析】
主要リスク3つとその対策:
リスク1:
対策:
リスク2:
対策:
リスク3:
対策:
【セクション5:強みの活用】
この投資で活かせる既存の強みと、その具体的な活用方法を記入してください。
強み1:既存顧客ネットワーク → 活用方法:新商品を既存顧客に先行案内し、初月売上の30%を確保
強み2:配送網 → 活用方法:既存配送ルートに組み込み、配送コストを20%削減
強み3: ※上記は記入例です。あなたの会社の強みと活用方法を記入してください。
【セクション6:撤退シナリオ】
失敗した場合の撤退コスト
試算: 万円
撤退を判断する基準(水曜日に定義した撤退基準を記入):
基準G:
基準H:
【セクション7:緊急性の確認】
この投資を6ヶ月遅らせた場合のリスク:
【セクション8:最終判断】
記入者(提案部署):
記入日:
CFO確認:
確認日:
社長承認:
承認日:
判断結果:投資実行 / 条件付き承認(条件: ) / 静観(期限: ) / 見送り
このシートを使うことで、提案部署は「CFOがどの情報を必要としているか」を事前に理解し、CFOは「記入漏れや検討不足」を一目で把握できます。そして、このシート自体が「判断の記録」として蓄積され、将来の参考資料になります。
ステップ3:撤退検討会議のテンプレートを設計する(60分)
投資判断シートと同様に、「撤退検討会議」のテンプレートを作成します。撤退は組織にとって最も感情的になりやすい場面です。だからこそ、構造が必要です。
撤退検討会議の議事録テンプレート:
【会議基本情報】
会議日:
参加者:CFO、社長、事業責任者、その他( )
検討対象:
【セクション1:現状の確認】
投資開始日:
投資総額: 万円
現時点での累積売上: 万円
現時点での累積利益: 万円(黒字 / 赤字)
撤退基準の確認(水曜日に定義した基準):
基準G:
現状:満たす / 満たさない
基準H:
現状:満たす / 満たさない
【セクション2:最終活用策の実施状況】
水曜日に定義した「撤退前の最終活用策」の実施状況を確認:
最終手段1:
実施状況:実施済み / 実施中 / 未実施
最終手段2:
実施状況:実施済み / 実施中 / 未実施
最終手段3:
実施状況:実施済み / 実施中 / 未実施
未実施の最終手段がある場合、実施する価値があるか協議:
実施する → 実施期限: 、再評価日:
実施しない → 理由:
【セクション3:撤退した場合のコスト】
撤退コスト試算:
設備処分損: 万円
人員配置転換コスト: 万円
取引先への違約金等: 万円
その他: 万円
合計: 万円
【セクション4:継続した場合のコスト】
今後6ヶ月継続した場合の追加投資見込み: 万円
今後6ヶ月継続した場合の追加損失見込み: 万円
【セクション5:判断】
撤退コスト vs 継続コストの比較:
撤退すべき理由:
継続すべき理由:
最終判断:撤退 / 条件付き継続(条件: 、期限: ) / 現状維持
決定事項:
次回検討会議日(継続の場合):
【セクション6:学び】
この案件から得られた教訓(次回の投資判断に活かす):
1.
2.
3.
このテンプレートを使うことで、撤退検討会議は「感情的な責任追及の場」ではなく、「冷静にデータを確認し、次に活かす学びを抽出する場」に変わります。
ステップ4:権限委譲のルールを明文化する(45分)
ここまでで、投資判断シートと撤退検討会議のテンプレートを作成しました。次は、「誰が、どこまで判断できるか」の権限委譲ルールを定義します。
権限委譲のルール設計:
問い1:投資額によって、判断権限を誰に委譲しますか?
権限委譲の例:
投資額10万円以下:部長判断(CFOへの報告のみ)
投資額10万円超〜100万円以下:CFO判断(社長への報告のみ)
投資額100万円超〜500万円以下:CFO判断(社長の事前承認必要)
投資額500万円超:社長・CFO・経営会議での協議必要
問い2:投資判断シートの記入完成度によって、判断プロセスを変えますか?
記入完成度による分岐の例:
投資判断シート記入率100%(全項目記入):通常プロセス
投資判断シート記入率80%以上:CFOとの事前協議後に再提出
投資判断シート記入率80%未満:受理せず、差し戻し
問い3:緊急案件の場合の特例ルールを設定しますか?
緊急時の特例ルールの例:
緊急案件の定義:市場機会の喪失リスクが1週間以内に発生する案件
具体例:1週間以内に競合が先行する可能性がある、1週間以内に取引先との契約期限が到来する、1週間以内に法規制が変更される
緊急案件の判断プロセス:CFOと社長の2名で即日判断可能、ただし翌週の経営会議で事後報告必須
緊急案件でも必須の記入項目:案件の目的、投資額、リターン試算、リスク3つ
権限委譲ルールの文書化:
【投資判断の権限委譲ルール】
1.投資額による権限分岐
10万円以下:部長判断(CFOへ月次報告)
10万円超〜100万円以下:CFO判断(社長へ四半期報告)
100万円超〜500万円以下:CFO判断+社長事前承認
500万円超:経営会議での協議
2.投資判断シートの記入完成度による分岐
記入率100%:通常プロセス
記入率80%以上:CFO事前協議後に再提出
記入率80%未満:差し戻し
3.緊急案件の特例
定義:市場機会喪失リスクが1週間以内の案件(競合先行、契約期限、法規制変更等)
プロセス:CFO+社長の2名で即日判断、翌週経営会議で事後報告
必須項目:目的、投資額、リターン、リスク3つ
4.撤退判断の権限
投資額100万円以下の案件:CFO判断
投資額100万円超の案件:撤退検討会議(CFO、社長、事業責任者)で判断
いずれの場合も、水曜日に定義した撤退基準を満たしていることが前提
このルールを組織に共有することで、「誰に相談すればいいか」「どのプロセスを経ればいいか」が明確になり、判断のスピードが上がります。
ステップ5:例外処理のプロトコルを定義する(45分)
最後に、「定義した境界線の外側」に該当する案件が来た場合の対処法を定義します。どれほど精緻な境界線を引いても、必ず例外は発生します。例外を「その場しのぎ」で処理するのではなく、例外処理のプロトコル(手順)を事前に定めておくことが、知性の構造化の最終段階です。
<例外案件の定義>
以下のいずれかに該当する案件を「例外案件」とする:
水曜日に定義した投資・静観・撤退の境界線のいずれにも明確に該当しない案件
投資額が権限委譲ルールの最上限(例:500万円)を超える案件
複数の事業部・部署にまたがる横断的な案件
既存事業の根幹に影響を与える可能性のある案件(例:主力商品の廃止、工場の閉鎖)
外部環境の急変(法規制、競合の大型M&A、災害等)により緊急対応が必要な案件
<例外処理のプロトコル>
【例外案件が発生した場合の5ステップ】
ステップ1:例外であることを認識する(即日)
提案者またはCFOが、この案件が例外に該当すると判断した場合、「例外案件」としてフラグを立てる。
ステップ2:臨時判断会議を招集する(3営業日以内)
参加者:CFO、社長、関連部署の責任者、必要に応じて外部専門家
議題:例外案件の内容説明、既存の境界線が適用できない理由の確認
ステップ3:暫定的な判断基準を協議する(会議内)
この例外案件に限定した暫定的な判断基準を設定する。
例)「今回の案件は、投資額が1,000万円を超えるため、通常のROI基準に加えて、経営方針への適合度を50%の重みで評価する」
ステップ4:判断を実行し、記録する(1週間以内)
暫定基準に基づいて判断を実行し、判断の根拠・プロセス・結果を文書化する。
ステップ5:境界線を見直す(四半期ごと)
例外案件が四半期に3件以上発生した場合、または同種の例外案件が2回発生した場合、水曜日に定義した境界線そのものを見直す。
<例外処理記録シート>
【例外案件処理記録】
案件名:
発生日:
例外に該当する理由(ステップ1〜5のどれに該当するか):
臨時判断会議
開催日:
参加者:
協議内容要約:
暫定判断基準
この案件に限定した判断基準:
判断結果
投資 / 静観(期限: ) / 見送り
判断の根拠:
今後の対応
境界線の見直しが必要か:必要 / 不要
必要な場合、見直し予定日:
このプロトコルを定めることで、例外案件も「構造的に処理される」ようになり、CFOの属人的な判断に依存しなくなります。
深夜2時のエクセルは、もう要らない
ここまでの5つのステップを実行したあなたは、もう深夜2時にエクセルと格闘する必要はありません。なぜなら、あなたの知性は「投資判断シート」「撤退検討会議テンプレート」「権限委譲ルール」「例外処理プロトコル」という構造に変換され、組織に埋め込まれたからです。
明日、営業部長が投資案件を持ってきたとき、あなたは「投資判断シートを記入してください」と言えばいい。彼が記入したシートを見れば、水曜日に定義した判断マトリクスに照らして、5分で判断できます。
来月、赤字事業の撤退を検討するとき、あなたは「撤退検討会議テンプレートに沿って、現状を整理してください」と言えばいい。会議の場では、感情ではなくデータに基づいて、冷静に議論できます。
そして、あなたが1週間休暇を取ったとき、組織は止まりません。なぜなら、投資額10万円以下の案件は部長が判断し、100万円以下の案件は投資判断シートに基づいて、あなたが指名した代理者(CFO補佐、経理部長、財務担当役員など)が判断できるからです。
これが、知性を構造に託すということです。あなたはもはや、組織のヒーローである必要はありません。あなたは、組織に自律性を与える設計者です。
構造は、冷たくない
ここまで読んで、あなたは感じるかもしれません。「これでは、判断が機械的になってしまうのではないか」「人の温かみが失われるのではないか」。
しかし、構造は冷たくありません。むしろ、構造があるからこそ、人は温かくいられます。
なぜなら、判断基準が明確であれば、営業部長は「どうすれば投資を引き出せるか」を理解し、前向きに努力できます。撤退検討会議のテンプレートがあれば、責任者は「責められる場」ではなく「次に活かす学びを得る場」として会議に臨めます。権限委譲ルールがあれば、部長は「自分で判断していいのか、CFOに相談すべきか」と悩む時間を減らし、本業に集中できます。
構造は、人々に予測可能性と安心を与えます。そして、その安心の上に、信頼と協力が育ちます。これが、軍師のOSです。感情を排除するのではなく、感情が健全に機能するための土台として、構造を提供する。
今週、あなたがすべきこと
今週は、以下の5つを実行してください。時間の目安も記載します。
判断プロセスを分解し、質問リストを作る(60分)
深夜2時のあなたが考えていることを、10個の質問に変換してください。難しい場合は補助的な問いを活用してください。
投資判断シートを作成する(90分)
上記のテンプレートを参考に、あなたの会社専用の投資判断シートをExcelまたはGoogleスプレッドシートで作成してください。
撤退検討会議のテンプレートを作成する(60分)
上記のテンプレートを参考に、議事録フォーマットをWordまたはGoogleドキュメントで作成してください。
権限委譲ルールを文書化する(45分)投資額による権限分岐を明文化し、A4用紙1枚にまとめてください。
例外処理プロトコルを定義する(45分)例外案件の定義と5ステップの処理手順を文書化してください。
来週月曜日、あなたは再び「Observe(不確実性を観測する)」の位置に戻ります。しかし、今度のあなたは違います。観測した揺れに対して、定義した規律を適用し、構造化された仕組みで判断できる。このサイクルを回すことで、あなたの組織は「不確実性を飼い慣らす力」を獲得していきます。
決断の揺れは、あなたが組織の現実に誠実である証です。