なぜあなたは、すべてに答えようとするのか
経営会議の議事録を読み返すとき、あなたは何を感じるでしょうか。
「営業部長の要望も、生産管理の懸念も、人事の提案も、どれも理にかなっている」
そう感じながら、あなたは「全員の意見を活かす方法」を探そうとする。それは誠実な姿勢です。しかし、その誠実さが会議を長引かせ、結論を先送りし、組織全体の動きを鈍らせていることに、あなた自身が気づいていないかもしれません。
CFOとして、あなたは「良い人」であろうとします。誰かを切り捨てず、誰の懸念も尊重し、すべてのステークホルダーに配慮する。その姿勢は、一見、組織にとって理想的に映ります。
しかし、あなたが直面しているのは、実は「答えが一つに定まらない状態」との格闘です。投資判断における市場の変動、人材配置における将来のパフォーマンス、新規事業の成否。あらゆる経営判断には「確実な答え」が存在しません。
今回は、この経営における不確実性について深掘りしてみます。ここでいう「不確実性」とは、CFOが日常的に向き合う「答えが一つに定まらない状態」を指します。この不確実な状態を前に、あなたがどう立ち振る舞うかが、組織の運命を左右するのです。
そして、すべてに答えようとする姿勢が、判断を先送りし続ける構造を生んでいます(実は不確実性を放置する装置)。この「善意」こそが、組織をじわじわと弱らせる要因になっているのです。
「板挟み」の正体:善意が生む判断の遅れ
あなたが直面しているのは、次のような光景ではないでしょうか。
シーン1:経営会議での沈黙
社長が新規事業への投資を提案する。営業部長は「今こそ攻めるべきだ」と力説し、生産部長は「既存ラインの維持が先だ」と反論する。あなたは双方の意見を丁寧に聞き、「両立の方法を検討します」と答える。会議は結論を出さずに終わり、次週に持ち越される。
シーン2:部長からの個別相談
営業部長が夕方、あなたのデスクに立ち寄る。「CFOさん、今回の件、前向きに見てもらえますよね?」と目を見て尋ねる。あなたは「検討しています」と答えるが、その表情の裏には「生産の懸念も無視できない」という思いがある。部長は去り際に小さくため息をつく。
シーン3:深夜のメール
自宅で財務データを眺めながら、あなたは「どちらを優先すべきか」を考え続ける。エクセルのシートを開き直し、シミュレーションを走らせる。しかし、どの数値も「これだ」という決定打を与えてくれない。気づけば深夜2時。翌朝の会議では、また「検討を続けます」と言うことになる。
これらの光景に共通するのは、あなたが「答えの出ない状態」をそのまま眺め続けているという状況です(不確実性を観測しているが、それに名前をつけていない)。揺れの正体を言語化しないまま、ただ時間だけが過ぎていく。この状態こそが、判断の遅れを生む根本原因なのです。
診断:あなたの「善意」はどの段階で停滞しているか
以下の診断チャートで、あなたの現在地を確認してください。
【善意の停滞チャート】
| 段階 | 状態の特徴 | あなたの行動パターン | 組織への影響 |
|---|---|---|---|
| レベル1:全員の意見を平等に扱う | 「どの意見も正しい」と感じている | 会議で全員に発言機会を与え、結論を出さない | 決定が遅れ、現場が混乱する |
| レベル2:調整案を探し続ける | 「両立できる方法があるはずだ」と信じている | 週末も資料を作り直し、次善策を模索する | あなた自身が疲弊し、判断の質が落ちる |
| レベル3:沈黙で応答する | 「どう答えても誰かが傷つく」と感じている | 質問に対して「検討します」と繰り返す | 周囲があなたの意図を読めなくなる |
| レベル4:答えの出ない状態を言語化しない | 「何が問題かを言葉にしていない」 | データを集めるが、判断基準を示さない | 組織全体が「正気の境界線」を見失う |
あなたは今、どの段階にいるでしょうか。そして、その段階に何週間、何ヶ月留まっているでしょうか。
「良い人」が組織を殺すメカニズム
なぜ「善意」が組織を停滞させるのか。それは、答えの出ない状態に向き合い、それを飼い慣らす代わりに、ただ放置しているからです(不確実性を飼い慣らす代わりに、放置している)。
メカニズム1:判断の遅れが「機会損失」を生む
あなたが「両立案」を探している間に、市場は動きます。競合が先に動き、顧客のニーズが変化し、優秀な人材が他社に流れます。判断を先送りすることで、あなたは「何もしない」という判断を、暗黙のうちに選択しているのです。
メカニズム2:「誰も傷つけない」が「全員を傷つける」に転じる
営業部長は「自分の提案が通らない」と感じ、生産部長は「またCFOが曖昧なことを言っている」と苛立ちます。誰も明確に否定されないため、全員が「自分の意見が軽視されている」と感じ始めます。善意が、信頼の侵食を招くのです。
メカニズム3:あなた自身が「軍師の思考法」を失う
CFOの役割は、「やりくりの最適解」を導くことです。しかし、すべてに答えようとする姿勢は、あなた自身の判断軸を曖昧にします。データを集めても、それを「何の判断に使うのか」が定まらないため、あなたは「情報の海」で溺れ続けることになります。
不確実性を観測する:「揺れ」に名前をつける
では、この停滞から抜け出すために、あなたは何をすべきか。
まず必要なのは、「自分が何に揺れているのか」を観測することです。評価も、解決も、まだ不要です。ただ、揺れの正体を言語化してください。
観測のための3つの問い
以下の問いに、正直に答えてみてください。誰にも見せる必要はありません。
問い1:あなたは今、誰の期待に応えようとしていますか?
・社長の「成長への期待」か
・部長たちの「現場の安定」か
・自分自身の「誰も傷つけたくない」という願いか
問い2:その期待に応えられない場合、あなたは何を恐れていますか?
・「無能だと思われること」か
・「信頼を失うこと」か
・「誰かに恨まれること」か
問い3:この揺れを放置することで、1ヶ月後、何が起きると思いますか?
・営業部長が退職を考え始める
・生産ラインのトラブルが顕在化する
・社長があなたに「決められないCFO」というレッテルを貼る
これらの問いに答えることで、あなたは答えの出ない状態に名前をつけることができます(不確実性に名前をつける)。名前のついた不確実性は、もはや「モヤモヤ」ではなく、「観測可能な対象」に変わります。
「正気の境界線」を引き直す
「良い人」であろうとする姿勢は、あなたの美徳です。しかし、その美徳が「正気の境界線」を曖昧にしているのであれば、あなたはその線を引き直す必要があります。
正気の境界線とは、「ここまでは検討するが、ここから先は判断を下す」という観測と決断の境目です。すべてを検討し続けることは、実は「狂気の領域」に足を踏み入れることを意味します。なぜなら、組織は決断の不在によって、確実に衰弱するからです。
今週、あなたがすべきこと
今週は、まだ何も決めなくて構いません。ただ、以下の3つを実行してください。
揺れを書き出す(5分)ノートに、「私は今、何に揺れているのか」を箇条書きで書き出してください。文章として整える必要はありません。
恐れに名前をつける(3分)その揺れの背後にある「恐れ」を、一言で名指してください。「無能だと思われたくない」「誰かを傷つけたくない」など。
放置のコストを想像する(2分)この揺れを1ヶ月放置した場合、組織にどんな影響が出るかを、具体的に3つ書き出してください。
来週、あなたは「Define(判断に規律を宿す)」の位置に進みます。そこでは、観測した不確実性に対して、「どのような物差しで判断するか」を定義します。感情を否定せず、しかし感情に流されない数値基準や条件分岐を、あなた自身の言葉で設計していきます。
決断の揺れは、あなたが組織の現実に誠実である証です。