耳に届くすべての声が正論に聞こえるとき
SNSで流れてくる他社の成功事例、現場から上がる切実なリソース不足の訴え、そして株主からの容赦ない成長圧力。CFOのデスクには、毎日のように膨大な「声」が届きます。その一つひとつは決して間違っていません。むしろ、どれもが重要な経営課題に見えてしまう。
しかし、それらすべてに等しく向き合おうとすると、判断の軸は揺らぎ、優先順位は霧の中に消えていきます。今、あなたに必要なのは「即座の解決策」ではありません。耳に届くノイズを、意思決定の材料となる「観測可能な不確実性」へと変換するための、冷静な観察眼です。
組織を覆うノイズの正体を特定する
まずは、あなたの周囲で鳴り響いているノイズが、以下のどの不確実性パターンに該当するのかを特定してください。ノイズに名前をつけるだけで、それは「得体の知れない不安」から「観測対象」へと変わります。
一つ目は、市場の霧状態です。
競合の動向やマクロ経済の予測など、外部環境からのノイズが主因となる状態です。 例えばM&Aでは、事業側は「規模拡大と安定」を目的に買収を検討しますが、市場側は「将来の利益貢献」という成長性を重視します。どちらも「企業価値向上」を目指しているにもかかわらず、見ている時間軸が異なるために焦燥感が生まれる。
「今投資しないと取り残される」という霧の正体は、この“投資目的”と“市場期待”のズレにあります。
二つ目は、リソースの綱渡り状態です。
現場からの「人が足りない」「システムが古い」という悲鳴がこれに当たります。 効率化を目的にシステムを刷新しても、使う側のリテラシーが低ければ実効性は上がりません。
また、「現有資産で最大効率を求める経営陣」と「リソース投入による負担軽減を求める現場」は常に緊張関係にあります。5人で行っていた作業を6人に増やせば現場は楽になりますが、それは効率化ではありません。
「6人で6人分以上の成果を上げる」という、真の効率化の定義が共有されていないことが、ノイズの正体です。
三つ目は、期待のオーバーフロー状態です。
株主や経営陣が描く理想と、現在の実態との乖離がノイズとなる状態です。 上場企業は常に利益と時価総額の向上を求められますが、利益が出ても時価総額が上がらないこともあれば、その逆も起こり得ます。
「市場の思惑」と「自社の論理」は必ずしも一致しない。 この構造が、CFOに特有の「なぜもっと早くできないのか」という圧力を生み出します。
観測のためのチェックリスト
今、あなたが最も「判断を揺さぶられている」と感じる事象を一つ思い浮かべてください。 それを以下の観測ステップでフィルタリングしてみてください。
- その声は、再現性のあるデータに基づいていますか。それとも特定の個人の感情ですか。
- その不確実性は、時間の経過とともに自然に解消されるもの(習熟度など)ですか。それとも今すぐ介入が必要なものですか。
- そのノイズを「数値化」するとしたら、どの指標(KPI)に影響を与えていますか。
これらを整理していくと、単なる「耳の痛み」だったノイズが、経営判断における「変数」へと変換されていきます。 CFOの役割は、すべての声を拾うことではなく、どの不確実性を「観測し続けるか」を定義することにあります。
不確実性が可視化されたことの意味
自分の周囲にあるノイズがどのパターンに属し、どの程度の変数を持っているかが分かると、「今すぐ答えを出さなければならない」という焦燥感は自然と薄れていきます。
ノイズの正体が可視化されることで、あなたは初めて、そのノイズを「無視する」のか「注視する」のかを、知性を持って選べるようになるからです。
不確実性は排除するものではなく、観測し、付き合っていくものです。 現状をありのままに捉えることができれば、次に必要なのは、その観測データに対してどのような「物差し」を当てるか、というフェーズです。
ここから先へ進むために
不確実性が可視化できたら、次は「判断に規律を宿す(Define)」へ。 観測したノイズに対して、どのような基準で線を引くべきかを構造化していきます。